君の海へ行こう

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彼女にふられ、せっかく入った大学も全く楽しくない広海。友人の丸山にさそわれ南の島へ旅行に来た。そこで出会った少女、琴里は、広海の世界を変えていく。全3回。花とゆめコミックスから単行本として刊行されている。全148頁(カラー4頁)。

読み/正式名称/種別/掲載作品

きみ-の-うみ-へ-いこう【君の海へ行こう】〔作品〕《LaLaDX 1996年5月10日号〜1997年5月10日号》

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関連用語

関連作品

写真資料


コメント

  • 岡野史佳と言えば海! 海といえばイルカ! イルカといえば岡野史佳! というわけで、「瞳のなかの王国」以来のイルカが出てくる物語です。モノクロの中にあふれるマリンブルーを感じさせる、その卓越した技量は素晴らしいものがあります。ただ、この3本の短編は、キャラクターは共通しているものの、別々にストーリーが作られているために、ストーリー全体でのまとまりは若干欠けているといえます。これは、隔月刊のララDXに掲載されていたという事もありますし、また、2作目と3作目の間がかなりあいているので、仕方が無いことではあります。この作品を読んでいると、「瞳のなか」とこの作品で、岡野先生のイルカに対する考え方の変遷が感じられて大変興味深いです。岡野先生自体がララDXかどこかで、そういった事をおっしゃられていましたが。一言でいえば、「瞳のなか」の頃には、まだ動物との対等なコミュニケーションが単純に信じられていた、という感じ。それが、「君の海」では、自然やイルカってものはもっと自分たちからは計れないもので、そこから何かが「来る」んだ、という。多分、イルカと人間の立場が逆転しています。これは、岡野先生曰く「実際にイルカと一緒に泳ぐという体験をしたから」ということもあるのでしょうが、「瞳のなか」の3巻にあった割り切れなさ、というより割り切れすぎてしまった事、に対するアンチテーゼなのかもしれないとも、思います。「瞳のなか」がとても興味深かった点に、深青の「孤独」がありました。人との「ずれ」の感覚。そこから、人と動物、人と人のコミュニケーションをとらえていくいう点に面白さがあったのですが、最終巻では、イルカの話とからめて安易といえば安易に終わってしまっていて、その点が残念でした。この作品を、再挑戦という視点から見てみると、描写的には後退している部分も見受けられてちょいと残念かな。確かに大自然で体験してしまって「わかってしまう」ことはあると思うのだけど、その体験の大きさに比べて伝えたいという「描写」が釣り合っているかというと、まだ体験に引きずられているのかなと思います。お話にするためには、一度、体験を徹底的に解体しないと、人に伝わる形にはなりにくいので、それはすごく大変なことだと思うのですが。つまり、有無を言わさず理解させられてしまう(=圧倒されてしまう)だけで、それから先が無いという。理屈より前にくるものがある事自体は別に否定されるべき事ではないですが、あと一歩の丁寧さが必要とされていたのではないかと思います。岡野先生の作品はとてもとてもとってもすごーーーく好きなので、かえって評価が厳しくなってしまったかもしれない………。要は、まだまだイルカの話を描きつづけてほしいなぁ、ということなんですが。面白いかつまらないかで言えば、もう圧倒的に面白い作品です。絵を眺めてストーリーを楽しんで、小笠原の海に憧れましょう!(たてにょん)